「塩分が高血圧の犯人」説を覆す衝撃的な論文とは

血圧計と塩

 

高血圧になるのを防ぐには塩分を控えるというのが多くの日本人が信じる定説だった。だが、いま、その定説を覆す新たな理論が注目を集めている。『脳梗塞・心筋梗塞は予知できる』の著者で、循環器に詳しい真島消化器クリニック院長の真島康雄医師は、こう解説する。

「高血圧をもたらすのは塩分ではなく、血管に溜まったプラークです。プラークとは脂肪の塊のことで、日本語では『粥腫(じゅくしゅ)』と呼ばれ、その名の通りお粥のようにドロドロしています。これが溜まって血管の内側が狭くなるから、そこを流れる血液の圧力が高まる。実にシンプルな理屈です。」

そもそも、なぜこれまで「塩分」が高血圧をもたらす犯人とされたのか。『減塩が病気をつくる!』の著者でイシハラクリニック院長の石原結實医師はこう語る。

「塩分には、水を引き寄せる『吸湿性』があります。体内に取り込まれた塩分の吸湿性によって血液の全体量が増加すると、心臓が血液を押し出そうとするので確かに血圧が上がります。

ただし、体内の塩分量は一定になるよう調節されており、健康な人ならば、摂取した塩分はほぼ同じ量が尿や汗として排出されます。そのため、塩分摂取による血圧の上昇は一時的なもので収まる可能性があります。」

 

「塩分容疑者説」が広まったのは、1954年に米国のダール博士が発表したある調査が発端だった。

ダール博士が日本の鹿児島と青森を含む世界5地域を調べたところ、1日の塩分摂取量が14グラムの鹿児島の高血圧発症率が20%であるのに対し、28グラムの青森では40%だった。そこでダール博士は、「塩分の摂り過ぎが高血圧につながる」と結論づけた。わずか5地域の調査には疑問の声も上がったが、当時は塩分と高血圧を結びつける考察は画期的だったため、瞬く間に世界中に広まった。

1972年には、米国のメーネリー博士が発表した、「10匹のラットに毎日2030グラムの食塩を摂取させたところ4匹が高血圧になった」という論文で「容疑者説」は「塩分犯人説」に昇華する。

「しかし、このラットに投与された量も、人間に換算すれば500グラムに相当し、厚労省の推奨値の約63倍にあたる。つまり、非現実的で極端な前提に立つため、塩分が 真犯人” と結論づけるには至らなかった。」(前出・石原医師)

◆減塩して血圧が上がった!?

そんな中で、高血圧と塩分は関連しないという調査結果が続々と発表される。中でも有名なのは、1988年にロンドン大学などが英国、日本など32か国、約1万人を対象に行なった大規模疫学調査「インターソルトスタディ」だ。

この調査では、1日の塩分摂取量が614 の人たちには、塩分摂取と高血圧に相関関係が見られないという結果が出た。

「日本高血圧学会が推奨する『16グラム』はおろか、日本人が平均的に摂取する『11012グラム』を上回る塩分でも、高血圧の原因にならないことを示唆する結果でした。厚労省の調査によると、山梨、青森、福島、福井など寒い地方の食塩摂取量が多い一方、高血圧疾患による男性の死亡率は大阪、福岡、佐賀などが高い。食塩摂取量が少ない都道府県でも高血圧で死亡する傾向があることから、塩分と高血圧に因果関係があるとは言いにくい。」(同前)

 

塩分と高血圧が関係しないどころか、「減塩で血圧が上がる場合がある」との研究結果も存在する。

1987年の米国のミラー博士らの研究報告によれば、正常血圧の男女82人を対象にして1日の塩分摂取量を9.2グラムから4グラムまで12週間にわたって減塩したところ、血圧値にほとんど変化のない人が53%、血圧が下がる人が30%、そして17%は逆に血圧が上昇した。

最も衝撃的だったのは、1985年に米国のアルダーマン医師が約20万人の生活調査を行ない、英国の権威ある医学誌『ランセット』に発表した論文だ。それによれば、塩分摂取量が最も少ないグループは脳卒中や心筋梗塞になりやすく、最も摂取量が多いグループ(8.9412.80グラム)の脳卒中・心筋梗塞の有病率が最も低かった。

 

降圧剤による弊害とは

イタリアでは高齢の軽度認知症患者172人を対象に血圧と認知機能低下の関連が検証され、降圧剤で血圧が低くコントロールされた患者ほど認知機能が低下していたことがわかった。

また、降圧剤のなかでもARBACE阻害剤、利尿剤などはインポテンツ(ED)を引き起こす可能性が高いとされる。この副作用は日本性機能学会が監修する『ED診療ガイドライン』に明記されている。2006年にギリシャで実施された調査では、降圧剤を服用した高血圧患者の40.4%がEDに罹患したという。また、1つの降圧剤よりも複数の降圧剤を併用している患者の方がED罹患率は高かった。

 

そもそも塩は人間に必要

一連の結果から、塩分が高血圧を招かないどころか、塩分の摂取量が少ないと血圧が上がったり、重篤な病気を招く危険性が示された。前出・石原医師が指摘する。

「そもそも塩は人間の生存にとって必要不可欠な栄養分です。世界の専門家から減塩のリスクが指摘されるのに、日本の医学界では塩分を目の敵にしたような十把一絡げの “減塩処方” が目立ちます。腎不全など腎臓に持病のある人を除いて、極端な減塩をすべきではありません。」

塩分の評価が揺れることには、もう一つの理由がある。塩分を摂取しても血圧が「上がる人」と「上がらない人」がいることだ。

「食塩を摂取すると血圧が上がる体質を『食塩感受性』と言います。食塩感受性が高い人は、腎臓からナトリウムを排出する機能が弱く、塩分を摂取すると血圧が上がります。」(同前)

1995年に東大の藤田敏郎教授が公表した調査では、日本人のうち食塩感受性が高い人は約2割、低い人は約5割とされた。日本人の2人に1人は塩分を摂っても血圧は上がらないという結果だ。しかし、どんな人が食塩感受性が高くなる(低くなる)のかは判明していない。

 

※週刊ポスト20171222日号